国際物理オリンピック2023 理論問題2 中性子星 テクニカル編

この記事では、2023年の国際物理オリンピック(International Physics Olympiad = IPhO)日本大会の理論問題2について概観します。計算などの詳細は公式の解答例に記載してあるので、それを繰り返すことはしません。解き方の流れや背景を中心に紹介していきます。

なお、こちらの記事は物理オリンピックの出題範囲程度(≒理系の大学1年生程度)の物理の知識があることを前提にしています。前提知識なく問題の概要を知りたい方は前回の記事をご覧ください。

目次

IPhO2023 理論問題2 中性子星

それでは、IPhO2023 日本大会の理論問題2について背景や解き方を見ていきます。

実際の問題を確認したい方は、IPhO2023のホームページ(英語原文)をご覧ください。以下の紹介では問題のネタバレを含みますので、自力で解きたい方はご注意ください。

全体について

理論問題2は中性子星の性質についての出題です。中性子という量子力学的な対象についての問題ですが、問題を解く際には量子力学的な知識は不要です。代わりに、力学や相対性理論の知識が必要になってきます。

問題は以下の3つのパートに分かれています。
Part A: 原子核の安定性
Part B: 巨大な原子核としての中性子星
Part C: 連星系の中性子星

以下では、それぞれのパートについて見ていきます。

Part A: 原子核の安定性

このパートでは、与えられた束縛エネルギーの公式を基に原子核の安定性について考えます。

原子核の中で核子(陽子と中性子)は強い核力で引き合っています。この核力は短距離力なので、核子のうち近接しているものが相互作用して液体的な振る舞いをします。このような液滴模型に基づいて、陽子数 $Z$、中性子数 $N$、核子数 $A = Z + N$ の原子核の束縛エネルギーを推定すると
$$
B(Z,N)
=
a_V A – a_S A^{2/3} – a_C \frac{Z^2}{A^{1/3}} – a_{\rm sym} \frac{(N – Z)^2}{A}
$$
となります。これは、ベーテ・ヴァイツゼッカーの公式と呼ばれるもので、問題文で与えられています。

右辺の各項の説明
  1. 体積項:強い核力による結合エネルギーの寄与を表します
  2. 表面項:表面の核子は内側に存在する核子と比較して周囲の核子の数が減るために結合エネルギーが減少し、その効果を表します
  3. クーロン項:陽子同士の静電気的な反発による寄与を表します
  4. 対称項:量子力学的な効果により陽子と中性子の数がバランスする効果を表します(陽子と中性子は共にフェルミオンなので、同種の粒子が増えるとエネルギーが上昇するため)

ベーテ・ヴァイツゼッカーの公式を前提とすると、各小問はシンプルな数式変形の問題となります。

小問A1

陽子数と中性子数が同じ($Z=N$)という条件のもとで、核子あたりの束縛エネルギー
$$
\frac{B}{A} = a_V – a_S A^{-1/3} – \frac{a_C}{4} A^{2/3}
$$
を最大にする核子数 $A$ を求める問題です。細かいテクニックの話ですが、微分をしなくても最大値を取る $A$ を求められます。相加相乗平均の不等式を用いると、
$$
\begin{eqnarray}
a_S A^{-1/3} + \frac{a_C}{4}A^{2/3}
&=&
\frac{a_S}{2} A^{-1/3} + \frac{a_S}{2} A^{-1/3} + \frac{a_C}{4}A^{2/3} \\
&\ge&
3 \sqrt[3]{\frac{a_S}{2} A^{-1/3}\cdot\frac{a_S}{2} A^{-1/3}\cdot\frac{a_C}{4}A^{2/3} } \\
&=&
3 \sqrt[3]{\frac{a_S^2a_C}{16}}
\end{eqnarray}
$$
となるので、平均を取る際の各項が等しいとき、すなわち、
$$
\frac{a_S}{2} A^{-1/3} = \frac{a_C}{4}A^{2/3}
$$
のとき、最大となります。

小問A2

$A$ を固定した際に、束縛エネルギーが最大となる陽子数 $Z^*$ を求める問題です。$A$ を固定すると束縛エネルギーは $Z$ についての2次関数となるので、シンプルな式変形で $Z^*$ を求められます。

小問A3

原子核が2等分された際に、エネルギーが減少するための条件を求める問題です。この小問もシンプルな式変形により条件が求められます。

問題の解答からは外れますが、求められた条件を用いると、安定な原子核に対してもエネルギーが減少する場合があることがわかります。すなわち、エネルギー差だけ見ると原子核が分裂するという結果を導く場合があります。実際には、原子核が2つに分裂するまでの中間状態のエネルギーが高いために、(観察できる時間スケールでは)エネルギー障壁が高く超えられないため安定になっています。

Part B: 巨大な原子核としての中性子星

このパートでは、中性子星を巨大な原子核として扱うことで、その安定性を議論します。

小問B1

ベーテ・ヴァイツゼッカーの公式が核子数が巨大になった場合にも適用できると仮定すると、中性子星($Z=0, N = A \gg 1$)の(重力以外の)束縛エネルギーは
$$
B = (a_V – a_{\rm sym}) A
$$
となります。この束縛エネルギーは負なので不安定となっています。一方で、重力による束縛エネルギーは、質量の2乗に比例して、半径に反比例するので、核子数の $5/3$ 乗に比例することとなります。

$A$ が大きくなると、重力による束縛エネルギーが優勢となり中性子星が安定化します。全束縛エネルギーが $0$ になるという条件から、中性子星が安定となる核子数を求められます。

Part C: 連星系の中性子星

このパートは連星系の中性子星についての問題で、メインの部分とサブの部分に分かれています。。前半のメインの部分では中性子星と白色矮星の連星系を考えます。中性子星が一定間隔でパルスを発生させていることを利用すると、白色矮星の質量を推定できます。後半のサブの部分では、2つの中性子星の合体について考えます。

白色矮星の質量

中性子星の中には一定時間ごとにパルスを射出するものがあります。中性子星と白色矮星の連星系を考えた時に、中性子星と地球とを結ぶ線の近くに白色矮星が来ると、白色矮星による重力の効果を受けてパルスの到着時間が変化します。到着時間の変化は一般相対性理論から計算することができ、観測値と比較することで白色矮星の質量を見積もることができます。

小問C1

ここでは、等価原理を利用して重力による時間の遅れを評価します。

等価原理は、一様な重力加速度 $g$ の重力場中にある静止座標系と、その重力と反対方向に一定の加速度 $g$ で加速されている重力のない加速系とは、物理法則が同一であるという原理です。すなわち、等価原理の下では、加速度を受けている観測者は、それが重力によるものなのか、系の加速による擬似的な力なのか区別できません。

自由落下する系を考えると、重力が逆向きの慣性力とキャンセルされます。等価原理によると、この系での物理法則は重力のない慣性系と同じものになります。すなわち、重力のある系の物理現象を、特殊相対性理論を援用することで慣性系の物理現象として記述することができます。

この問題では、一様な重力場中で重力方向に離れた時計の時間の進み方を比較します。すなわち、上方の地点 $\mathrm{I}$ にある時計の時間間隔 $\Delta \tau_{\mathrm{I}}$ と、下方の地点 $\mathrm{II}$ にある時計の時間間隔 $\Delta \tau_{\mathrm{II}}$ との関係式を求めます。等価原理を用いるために、重力に従って自由落下する系 $F$ を考えます。系 $F$ は重力がキャンセルされているため慣性系とみなせ、特殊相対性理論の公式が使えることになります。

今、系 $F$ の原点が、時刻 $0$、相対速度 $0$ で地点 $\mathrm{I}$ と一致するように座標系を取りましょう。そうすると、地点 $\mathrm{I}$ の時計と系 $F$ の原点にある時計とは、相対速度が $0$ であることから、時間の進みは一致して $\Delta \tau_{\mathrm{I}} = \Delta \tau_F$ となります。一方、系 $F$ の原点が地点 $\mathrm{II}$ と一致する時の相対速度を $v$ とすると、特殊相対性理論による時間の遅れの公式を使用して、$\Delta \tau_{\mathrm{II}} = \sqrt{1 – v^2/c^2} \Delta \tau_F$ となります。これらの結果より、$\Delta \tau_{\mathrm{II}} = \sqrt{1 – v^2/c^2} \Delta \tau_{\mathrm I}$ となります。下方の時間間隔の方が、上方の時間間隔よりも小さいので、下方の方が時間が遅れていることがわかります。速度 $v$ を重力ポテンシャルの差 $\Delta\phi$ で表すと、
$$ \Delta \tau_{\mathrm{II}} = \left (1 – \frac{\Delta \phi}{c^2}\right)\Delta \tau_{\mathrm I}$$
と計算できます。

余談ですが、ここでの設定は1911年のアインシュタインの光の伝播への重力の影響についての論文 [1] と同じものになっています。推論の過程は少し異なりますが、アインシュタインも等価原理を用いることで、重力による時間の遅れについてここでの議論と同じ結果を得ています。その時、実効的な光速についても
$$ c_{\rm eff} \approx \left(1 + \frac{\Delta\phi}{c^2}\right)c$$
と求めていますが、空間の歪みの効果を考慮していないため、寄与が半分になっています。

小問C2

空間の歪みの効果も考慮した実効的な光速
$$ c_{\rm eff} \approx \left(1 + \frac{2\phi}{c^2}\right)c$$
を用いて白色矮星の重力による光の到達時間の遅れを評価します。中性子星と地球とを結ぶ線分の近くに白色矮星がある配置を考えます。

光は直線上を動くという近似で計算するので、速度を変化させながら直線を動く物体の移動時間を求める1次元の積分の問題となります。問題文中に与えられている積分の公式を用いるとシンプルな代数計算で到達時間の遅れを求められます。根号を近似する際に、変数の正負で主要項が変化することに注意して計算を進める必要があります。

小問C3

重力による到達時間の遅れが最大になる時と最小になる時の差を求めます。重力による影響が最大になるのは、中性子星と地球を結ぶ直線に白色矮星が最も接近するときで、小問C2で計算した状況に対応しています。最小となるのは、白色矮星が中性子星を挟んで最大の時の反対の位置にくるときで、小問C2と同様に計算して到達時間の遅れを計算することができます。これらの差が求めたい値でした。結果は白色矮星の質量に比例します。

小問C4

到達時間の変化のグラフが与えられるので、それから白色矮星の質量を求めます。到達時間の遅れが最大となる時と最小となるときの差をグラフから読み取り、小問C3の結果の式に代入することで、白色矮星の質量が求められます。

中性子星の合体

2つの中性子星の合体を考えます。2つの中性子星が近距離で回転すると、重力波を出してエネルギーを失いながら互いに接近して最終的に合体します。その時の重力波の振る舞いを考えます。

小問C5

相対論的効果を無視して、回転の角速度が回転半径の何乗に比例するかを求める問題です。円運動を仮定して具体的に表式を計算することで求めてもよいですし、次元解析でも答えを出せます。また、ケプラーの第3法則そのものでもあるので覚えていたら計算する必要もありません。

小問C6

重力波の波形として適切なものを選択肢の中から選ぶ問題です。半径が縮むに従って、波の周期が短くなることがわかります。波の振幅のパラメーター依存性については問題文中で与えられていて、半径が縮むに従って、大きくなることがわかります。これらに合致するプロファイルを選択すればよいです。

天体の合体に伴う重力波は2015年から直接観測されています(この時はブラックホール同士の合体)。ウェブ上で検索すると(例えば文献 [2])、実際に観測された波形を見ることができます。

まとめ

この記事では、IPhO2023 理論問題2の中性子星に関する問題について紹介しました。Part A, B はシンプルな数式計算で解ける点数の取りやすい問題です。Part C についても、概念的な難しさのある小問C1を除くと、誘導に従うと素直に解ける問題が多いように感じました。全体的に高得点の狙いやすい問題だったのではないかと思います。

参考文献

[1] A. Einstein, “Über den Einfluß der Schwerkraft auf die Ausbreitung des Lichtes,” Annalen der Physik 340, 898-908 (1911)

[2] B. P. Abbott et al., “Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger,” Phys. Rev. Lett. 116, 061102 (2016)

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次