今年、2023年は日本で国際物理オリンピック(International Physics Olympiad = IPhO)が開催されました。日本代表は金メダル2つ、銀メダル3つの素晴らしい成績を収めました。おめでとうございます。
試験問題の英語版が1週間ほど前に公開されました。この記事では、理論問題1の概要について見ていきたいと思います。
IPhO2023 理論問題1 コロイド粒子
この記事では、IPhO2023 日本大会の理論問題1を紹介していきます。解法の詳細には踏み込まずに概要を説明します。
実際の問題を確認したい方は、IPhO2023のホームページ(英語原文)をご覧ください。以下の紹介では問題のネタバレを含みますので、自力で解きたい方はご注意ください。
問題の概要
理論問題1は(統計)力学の分野からコロイド粒子の性質についての出題です。水中でのマイクロ・メートル程度の大きさの微粒子の振る舞いを調べるという内容です。粒子のサイズ感としては、粘土や花粉程度のものを考えています。
日常的なマクロなスケールでは分子の衝突によるランダムな動き(熱ゆらぎ)は観察できませんが、この問題で考えているミクロなスケールではそのような熱ゆらぎが物体の運動に影響を与えるようになります。ミクロなスケールでありながらも、水の分子よりは十分大きいので、運動方程式にランダムな力を加えることで運動をモデル化できます。
問題は以下の5つのパートに分かれています。
Part A: コロイド粒子の運動(1.6点)
Part B: 運動の近似(1.8点)
Part C: 電気泳動(2.7点)
Part D: 平均二乗変位(2.4点)
Part E: 水の浄化(1.5点)
全体として、細かくパートに分かれていて独立して解ける部分も多いので、点数が取りやすい印象です。
以下では、それぞれのパートについて紹介します。
Part A: コロイド粒子の運動
このパートではコロイド粒子の運動について考えます。
手始めに熱ゆらぎを無視した場合を考えます。熱ゆらぎを無視すると、粒子にかかる力は、水による粘性抵抗力と、水分子の衝突による撃力になります。この条件のもとで運動方程式を解くと速度が指数関数的に減少する解が得られます。粒子は衝突での撃力で初速を持ち、その速度が抵抗により減衰するというわけです。
Part B: 運動の近似
このパートでは、粒子の動きを大胆に近似してその挙動を求めます。
Part A で指数関数的に減少する解を得たことから、(緩和時間より)長い時間経った後は粒子の衝突の影響がほぼ消え去ることになります。すなわち、粒子の速度はほとんど直前の衝突によって決まることになります。それは、長い時間離れた二時点間の粒子の速度にはほとんど相関がないことを意味します。そこで、一定時間ごとの粒子の速度を独立したランダムな変数として近似して計算を進めます。
このような仮定のもとに、粒子の変位と変位の二乗の期待値を求めます。変位の二乗がまともな値となる(発散したり0になったりしない)という条件を課すことで、変位の二乗の期待値が時間に比例して増えることがわかります。Part D でも見ることになりますが、変位の二乗が時間に比例して増えるのは拡散現象の特徴的な挙動です。
Part C: 電気泳動
このパートでは、電荷を持ったコロイド粒子に電場をかけ、その応答について考えることで、物理量の間の関係式を求めます。
電場をかけるとコロイド粒子は電場に引っ張られて流れていき偏った分布をつくります。一方で、分布が偏ると密度の高いところから低いところへ拡散する流れもおきます。平衡状態ではこれらの流れが釣り合うこととなります。
まず、微小な領域での拡散を考えることで Part B でのミクロな力学での物理量と拡散の強さを特徴づける物理量である拡散係数とを結びつけます。そして、浸透圧と電場による力の釣り合いを考えることで、密度の偏りと電場の関係式を求めます。最後に電場による流れと拡散による流れの釣り合いを考えることで、拡散係数を粘性係数を利用して記述することができます。この式は、(ブラウン運動に関する)アインシュタインの関係式と呼ばれる式で、ゆらぎ(拡散係数)と応答(粘性係数)を結びつける関係式となっています。
Part D: 平均二乗変位
このパートでは、平均二乗変位の振る舞いについて考えます。
まず、外力のない場合を考えます。実験的に得られた変位のヒストグラムが情報として与えられます。この情報を利用することで、変位の二乗の実験的な期待値が求められ、拡散係数が求められます。アインシュタインの関係式を利用することで、拡散係数から Avogadro 数を計算することができます。このように、実測できる物理量から Avogadro 数を求めることができます。
次に、電場がかかった場合の平均二乗変位について考えます。この時、粒子の速度を電場による一定の速度と熱ゆらぎによるランダムな速度の和として近似します。平均二乗変位を計算すると、時間の短いところでは時間に比例し、時間の長いところでは時間の二乗に比例して増えることがわかります。時間の短いところでは、撃力による速度変化が支配的になるために拡散的な振る舞いが中心となります。一方で、時間の長いところでは拡散によるランダムな速度変化が打ち消し合うので、電場による一定速度の直線的な振る舞いが中心となります。
最後に、ランダムに泳動する微生物の平均二乗変位について考えます。この微生物は一定時間 $\delta_0$ ごとにランダムに向きを変えたり変えなかったりします。このように能動的に動く物質はアクティブ・マターと呼ばれます。$\delta_0$ より時間が短い場合を考えると、先ほどの「電場がかかった場合」と同じく一定の速度の動きに熱ゆらぎの影響を加味したものとなるので、時間が短い場合は拡散的に振る舞い、時間が長い(が $\delta_0$ よりも短い)場合には直線的に振る舞うこととなります。$\delta_0$ よりも長い時間では、微生物の能動的な速度もランダムになるので再び拡散的に振る舞うこととなります。
Part E: 水の浄化
このパートでは、土の微粒子の凝固について考えます。
水中では、粒子の表面は電離したり周囲の荷電分子を吸着したりすることで帯電しています。そのため、粒子同士は静電気的な斥力を持ちます。この力は、粒子同士に働く引力である van der Waals 力より強いので、粒子同士は反発しています。
水に電解質を加えていくことを考えます。電解質を加えると粒子の表面に粒子の持つ電荷とは反対符号のイオンが集まってきます。これらのイオンが粒子の電荷を遮蔽するので、静電気的な斥力が弱まってきます。この斥力が弱まると van der Waal 力の引力の方が優勢になり、粒子が凝集することになります。2つの力のバランスを考えることで粒子が凝集し始める電解質の濃度を求められます。このようにして、電解質を加えることでコロイド粒子を凝集させて、水を浄化することができます。
まとめ
この記事では、 IPhO2023 理論問題1のコロイド粒子に関する問題について紹介しました。熱ゆらぎが顕在化する小さな物体の運動を考えるという内容でした。現象の本質だけを残して大胆に近似をすることで、簡易な力学の問題として現象を記述していくという面白さがあるのではないかと思います。